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坂東 眞理子●ばんどう まりこ
東京大学卒業後、総理府入府。1975年総理府婦人問題担当室発足専門として参加。1978年に日本初の「婦人白書」の執筆を担当した。ハーバード大学留学後、統計局消費統計課長、埼玉県副知事、在豪州ブリスベン総領事、内閣府男女共同参画局長などを経て2003年に退官。2004年昭和女子大学教授、同大学女性文化研究所長。2007年より同大学学長、2016年より同大学総長(理事長兼務)に。女性の振る舞い方をエッセイ風に説いた『女性の品格』(PHP新書)は大ブームとなり、累計300万部を超えるベストセラーとなった。2人の子を持つ。
▼昭和女子大学のホームページはこちら▼
http://univ.swu.ac.jp/
interviewer
森 啓一●もり けいいち
株式会社フォーカスシステムズ 代表取締役社長。
監査法人、税理士事務所を経て、1998年にフォーカスシステムズに入社。常務取締役管理本部長兼経営企画室長を務め、11年より現職。
女性社員の成長に必要な3つの「き」
森:安倍政権では「女性活用」や「働き方改革」が提唱され、さまざまな立場の女性が活躍する素地ができつつあります。現場では女性の活躍について、どのように感じているのでしょうか。
坂東:日本の企業の場合、トップは女性活用を喫緊の課題ととらえていますが、係長クラスの現場の男性が抵抗しているように感じます。
日本は大学教育ではなくオン・ザ・ジョブ、つまり職場で鍛えられて成長するという人材育成が主流です。大学を出た人たちが先輩や上司に怒られ罵られながらも頑張って知識を身につけて成長するスタイルですね。ところが男性の上司や同僚は、女性の部下に対して手心を加えたり本気で育てない傾向があります。
森:女性に気を使って、一歩引いてしまう部分もあるんですよね。それでは、女性をうまく育てて力を伸ばすには、どんな点に気を付ければいいですか。
坂東:女性を育てるには3つの「き」が必要です。私は常々、女性に「き」がない企業はだめだと言っているんです。
1つ目の「き」は「期待する」。「やればできるよ」「君たちにしっかりしてもらわないと困る」「君たちが将来、会社を背負うんだ」という気持ちで女性に接し、実際にそう伝えてほしいです。男性新入社員は、最初は頼りなくてもみんなそう言われて、その気になって育っていきますよね(笑)。
森:「無理しなくてもいいよ」と気を遣ったつもりが、逆に女性の成長を妨げることになっているなら本末転倒ですね。ほかの「き」は何でしょうか。
坂東:2つ目は「機会」です。「こんな難しい仕事をやらせて失敗したらかわいそうだ」とか「これは責任が重すぎるんじゃないか」などと配慮しすぎてチャンスを与えないと、人は育ちません。
そして3つ目は「鍛える」。
女性の部下を鍛える男性も少しずつ増えてはいますが、まだまだ少数派ですね。本当に女性を人材として育てたいなら、ひとつは大学がもう少し本気になって教育することと、もう1つは職場の意識を変えることですね。
まずは現場管理職クラスの男性上司が、女性をどのように育てればいいかトレーニングを受けることも必要だと思います。
森:働く現場は、まだまだ女性を活用する土台ができていないわけですね。
働き方の「質」を上げる
森:坂東さんは、今よりもっと女性に厳しい時代から国家公務員として活躍なさっています。ご自身はどんな意識で、どんなふうに働いてきましたか。
坂東:20代の頃は、いわゆる“男性的な働き方”をする人が優秀だという価値観があったので、30代の初めまでは「自分はだめな公務員だ」と感じていました。
総理府で働きながら24歳で結婚、26歳で第一子を出産したので、国会待機で3〜4時間睡眠で頑張っている男性に比べると、私はいつも時間に追われていて十分な仕事ができないし、勉強する時間も足りなくて…。
でも、その中でふと気づくと短時間で仕事をする習慣がついていたり、優先順位の付け方が上手になっていたりと、無意識のうちに自分の中で培われたものがありました。
30代の半ば以降になってようやく「私は男性とは別の形で社会に貢献できる、公務員として仕事をしていくことができる」と自信らしきものが芽生えました。
森:わが社でも子育てをしながら働いている女性社員がいますが、「この時間で終わらせて子どもを迎えに行かなければならない」となると、本当に集中していい仕事をするなと感じます。でも、坂東さんの時代は、子育てと国家公務員の仕事の両立はさぞ大変だったでしょう。保育所をはじめ子育て支援の制度もまだまだ立ち遅れていた時代ですよね。
坂東:長女を出産した時は産前産後休暇は6週ずつ(現在は産前6週、産後8週)だったし、0歳児保育はなかなか入れない状態で。両親にも手伝ってもらい、何とか乗り越えることができました。
でも、日本の育児支援はアメリカよりずっと進んでいるんですよ。アメリカは男女平等だから産休はありません。女性だけの出産休暇は不平等だから「男性と同じ年間12週の病休の中で出産してください」という考えです。もちろん育児休業もありません。
森:えっ、そうなんですか。意外ですね。では女性は産後2カ月足らずで復帰しなければいけないんですか。
坂東:法律はなくても会社と交渉して、半年休んだり1年休んだりと色々なケースがありますね。日本は待機児童0作戦をすすめていて、誰もが保育所に入れるようにしようという方向性ですが、アメリカの場合は「子どもを育てるのは親の権利であり義務である。政府はそこにお金も口も出さない」というスタンス。
私立の保育所は補助金なしでとても高いし、ベビーシッターを頼んだりするとワーキングマザーの負担はすごく重くなります。ですからアメリカの企業は優秀な女性社員を引き留めておくために、企業内保育所を作ったりするわけです。ただし仕事を失うと子どもも追い出されるし、上司の子と自分の子がケンカしたら嫌だし、いいことばかりとは限りませんけれど。
森:そういう社会環境だと、アメリカでは男性の育児協力が不可欠ですね。
坂東:育児休業がなくて保育所が少ないから、男性が家事育児をシェアしないと妻は働けないし、妻が働かないと中流の暮らしは維持できません。ですから「働く妻を応援しないと結婚できない」というのが新しいスタンダードになってきていると思います。
日本でも若手男性の2/3は「妻が働かないと中流の生活は維持できないからぜひ働いてほしい」と考えています。ところが「妻が家事育児をこなしながら働くことに理解を示し、少しは手伝いはする」というレベルに留まっていて、家事育児を「シェアする」までには至っていない。
当時のうちの夫もそうでしたが、「理解をするだけで偉い。ちょこっとお手伝いもしましょう」というのがまだ日本のスタンダードかもしれません。
森:そもそも、今の日本のように保育所をはじめとする育児支援策が整ってくると、アメリカのように男性が協力するという土壌は育ちにくいかもしれません。
坂東:そうかもしれないですね。今の日本は男性は仕事、女性は「家事も育児も仕事も」という方向ですが、それだと女性は男性と同じように長時間労働をしながら家事も育児も両方することになって、スーパーウーマンじゃないとやっていけません。
女性だけ労働時間が短いと企業としては男性を雇った方が働かせやすいし、得ですよね。
だから女性の活躍の場が広がらない。そして長時間働いている男性も、バッテリーチャージや勉強する余裕がなく、仕事のことしか語れない会社人間になってしまって、決してハッピーとは言えません。
21世紀はクリエイティブな仕事が増えるでしょうから、男性も仕事だけでなく家事・育児をはじめ色々な経験をしたり、色々な視点を持つことが労働の質を高めるうえでも不可欠になってきているはずです。
「働き方改革」では、残業時間を100時間未満にしようといったことばかり議論されていますが、働き方の質を変えていくことが何よりも大切です。そして女性の進出が、働き方の質を上げる方向につながっていくといいなと期待しています。