地域に愛される会社はこうして生まれた 大里総合管理代表取締役社長 野老真理子氏に訊く【前編】

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野老 真理子●ところ まりこ
1959年東京都生まれ。1985年淑徳大学社会福祉学部卒業後、母が1975年に創立した不動産販売・管理・仲介、土地管理などを行う大里綜合管理(千葉・大網白里)に入社。94年より現職。2007年よりNPO大里学童KBAスクール代表。08年千葉県男女共同参画推進事業所表彰(奨励賞)。10年「子どもと家族を応援する日本」内閣府特命担当大臣(少子化対策)表彰、地域づくり総務大臣表彰(個人表彰)。厚生労働省社会保障審議会「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会」委員も歴任。

 

interviewer
森 啓一●もり けいいち
株式会社フォーカスシステムズ 代表取締役社長。
監査法人、税理士事務所を経て、1998年にフォーカスシステムズに入社。常務取締役管理本部長兼経営企画室長を務め、11年より現職。

仕事と暮らしをわけない

森:今日初めてこちらに伺いましたが、ガラス張りの明るい広々したオフィスで、会社というイメージがまったく湧きませんね。入り口がたくさんあって、いろいろな人が自由に出入りして、外では野菜の販売があり、2階ではランチを食べられる……。まだ本業が不動産業だと信じられません!

野老:この建物は実は不動産販売会社の営業所だった中古物件を買ったんですよ。

売りに出ていたわけではなかったのですが、草だらけでかわいそうだったので「使われていないなら我が社に売ってください」とお願いして手に入れました。ほかにも引き合いは多かったようですが、地域の人が集まれる場にしたいという私の構想を高らかに伝えて(笑)、売ってもらいました。


うちの会社は母が創業して今年で43年、私は2代目。事業の基盤としては、オーナーが所有する土地の草刈りや監視を代行する、土地管理をしています。創業当初からこういう形を目指したわけではなく、「野菜が買いたい」「食事する場所がほしい」などのお客さまの声を聞いたり、自分たちができることを1つずつ行動したりしていたら、今のスタイルになりました。

よく「地域密着の企業さんですね!」と言われますが、私たちから地域密着という言葉を使ったことはありません。巡り合ったものを「仕事か仕事以外か」「お金になるかならないか」で分けないで、やれることはやろうと決めて実践しているだけです。

森:やれることをやるというのは、メインの不動産業にからめて「こういうことをやればお客さんが喜んでくれるかな」という前提で考えるのでしょうか。

野老:あまり理屈は考えていないんですよ。ただ、目の前に困っている人がいたときに、「仕事じゃないからやらない」とか「利益につながらないからやめよう」とは考えないだけです。ここは小さな地域で、仕事さえやっていればいいという地域ではなくて暮らしがある。だから、やれることをやっていけば、それも含めて仕事になっていくと思います。

会話から広がる地域の輪

森:今、地域活動が283種類あると聞きましたが、膨大な数ですよね。

野老:今日はフェスティバル期間中だったので、来ていただいたみなさんにおしるこをふるまっています(通常時は行っていません)。

この本社スペースでコンサートやイベントも行うし、外での活動もたくさんあります。駅は町の顔であり入り口だから、毎月1日は13カ所の駅を掃除し、ゴミ拾いやトイレ掃除をしてから皆、出社しています。毎月7日はクリーンロードの日と呼んでいて3カ所に分かれて全長12キロの道を掃除します。たとえば海岸沿いなら近くのお店の人が中心になって私たちが手伝う形です。
クリーンロードが3か所なので3、駅清掃は13駅なので13。これだけでも合計16の地域活動です。

ほかに通学路の交通整理などのボランティアなどもあり、細かく数えたら300くらいになりますね。

森:活動の内容は多岐にわたっていますが、アイデアはどこから生まれるのでしょう。

野老:「住民1人1貢献の町づくり」を目指しているので、出会った人が「何ができるのかな」「何がしたいのかな」「何を悩んでいるのかな」とコミュニケーションを取るところから始まります。

「高校時代にジャズをやっていた」と聞けば「この地域ではジャズを聴く機会がないからコンサートをやってほしい」と頼んでみたり、ほかの人とも意見をすり合わせていくと「ジャズのレコードをたくさん持っているから、月1回、 ジャズ音楽の鑑賞会を開こう」となったりして輪が広がっていくんです。自分の持っているものを提供し合うことが街づくりになると思っています。「自分には何もない」と言う人は多いけれど、自分で気づいていないだけで、きっとあるはずなんです。
たとえば朗読という活動がありますが、私たち聞く側も楽しいし、本人たちにも励みになりますよね。

森:私は人生を、独り立ちするまでの「与えられる時期」と、自立して結婚や就職して「与える時期」、そして最後にリタイアして「自分が培ったものを次世代に渡していく時期」という3つに分けられると思っています。でも、野老さんの話を聞いていると、その区別がなく、現役世代も与える側、与えられる側が混在している感じですね。

野老:リタイアしてから次世代に手を差し伸べようと思っていたのに、リタイアする前に死んでしまったら後悔しますよね。
今まで「仕事をやる、仕事以外のことはやらないほうがいい」と強烈にインプットされてきているけれど、仕事以外のことをやっても会社が成り立っているならそれでいいじゃないかと思うんです。

森:今の社会ではなかなか実現するのが難しいことですが、普段の生活や仕事が地域貢献にもなるというのは理想的な形ですよね。

野老:先ほど召し上がっていただいたランチはいかがでしたか?日替わりでシェフたちが担当し、30食限定のランチをつくっています。今日は私が当番だったので、作ってきました(笑)。800円の定食を3〜4人で30食作って2万4000円。食材費や人件費を考えると、全然儲からないですよね。でも利益のことは考えていないんです。何がいいかと言うと、「おいしかった」「ありがとう」「お口に合ってよかった」という会話があって、直接思いをやりとりできることです。仕事でそんなことって味わえますか?

森:確かに、お客さんから直接「ありがとう」と言われたらうれしいですが、普段の仕事では滅多にないですね……。

野老:お金をたくさん稼ぐのも大事かもしれないけど、私は自分たちが暮らしていけるだけあればいいですし、生きているのは人間の世界だから、人と人が心を触れ合わせることが一番大事なことだと思います。

お金ばかり追いかけていると、それを見失ってしまうのではないでしょうか。だから、先人の失敗を見て同じ轍を踏まないようにと思って、このやり方を選んでいるんです。地域の人のために、というのは本当に特別なことをしている、という意識はありません。「仕事」と「家のコト」を分けて働いている方とは違って、働いている私たちにとってここは職場であり“暮らし”なんです。みんな家族のようなものだから、損得勘定なしで助け合うことができるんだと思います。

 

地域活動が社員育成と販売促進につながる 大里総合管理代表取締役社長 野老真理子氏に訊く【中編】