欠点は見ない加点方式の社員教育 中里スプリング代表取締役社長 中里良一氏に訊く【中編】

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中里 良一●なかざと りょういち
1952年群馬県高崎市生まれ。大学卒業後、商社勤務を経て父が経営する中里スプリングに入社。47都道府県全てに合計1750社の取引先を持つ優良企業。「日本一楽しい町工場」をコンセプトに据えたユニークな経営で注目を集め、テレビや新聞、雑誌で取り上げられ、企業や就職活動中の学生などを対象に「やる気を引き出す経営/人材育成戦略」「ものづくりへの思い」「中小企業生き残りの発想法」などさまざまなテーマで講演会もこなす。著書に『嫌な取引先は切ってよい』『不況に負けない「すごい会社」』

 

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森 啓一●もり けいいち
株式会社フォーカスシステムズ 代表取締役社長。
監査法人、税理士事務所を経て、1998年にフォーカスシステムズに入社。常務取締役管理本部長兼経営企画室長を務め、11年より現職。

1つでいいから、100点を採れる社員を育てる

森:前回は日本一楽しい会社を目指すというコンセプトをお話しいただいたので、今回はそんな夢のある会社を支える社員の採用や育成について伺います。社員は28人まで、同じ苗字の人は採用しないそうですが、他にはどんな基準で人を採っていますか?

中里:能力や学歴、経験などは不問です。うちの社員は高卒が多いし、転職を繰り返してこれまでの会社で長続きしなかった人も採用します。大手企業や中堅企業はどこに行っても務まる有能な社員を採用し、育てているでしょう。うちの会社は平均80点の人ではなく、最初は0点でも、入社後に何か1つでいいから100点が取れる社員を採用して育てています。

森:オールマイティにそつなく仕事をこなす人ではなく、何か一つ抜きでた力を持つ社員を育てるということですか。きっと中里社長ご自身も、常に100点を目指してきた努力家ですよね。

中里:僕は勉強は得意じゃなかったし、そこそこの成績で入れる大学でいいと思って努力もしなかったからつまらない学生時代でした。

でも大学で寮に入ったらずば抜けて頭のいい奴や、僕は仕送り3万5000円だったのに月20万円も仕送りがあるお金持ちの息子など、いろんな友達ができて世界観が変わりました。学校は落第点を取らなければ卒業できるし90点を取れば成績上位に入るけれど、やっぱり100点の人にはかなわない。

どんなに成績が良くても仕事ができてもオール99点だったら欲求不満の人生になるから、1つでいいから満点を取らせて1番にさせて、いきいきと働かせてあげたいんです。

森:なるほど、平均点で見ると評価が今一つの人材でも、得意分野で100点が取れるように磨いてあげるわけですね。
でも0点の社員を100点にするのはさぞ大変だと思います。最初は欠点も多いでしょうが、どうやって長所を伸ばしていくのでしょうか?

中里:僕は欠点を一切見ないんです。どんな相手でも、会った瞬間に欠点はいくつか見つけられますが、相手のいい所はその人を本気で好きになったり真剣に入り込まないと見つけられないものです。

人と会った時、多くの人が無意識のうちに分かりやすい相手の欠点を見つけて自分の長所と比べ、優越感を感じるものだと思います。だから僕は逆に、会った人の一番いいところと僕の一番だめなところを比べて劣等感を感じるようにしています(笑)。

森:長所を見つけてほめて育てる手法というわけですね。長所を社員にうまく伝えると社員のモチベーションがアップすると思いますが、伝え方は難しいですね。

非効率的な人材育成も大事にしたい

中里:うちの会社ではタイムカードの横に、「僕が好きな社員ベスト10」を毎月貼り出しています。

仕事の評価とは関係なく、僕が「好きな順番」です。好きな理由は色々で、「笑顔が好きなベスト10」なんてのもありました。
ある人を1番にしてあげたいと思ったら、その人を1番にできるテーマを考えます。だから2番から10番まではある意味、誰でもよくて、1番にする人が劣等感を感じている相手を2番から10番にあえて入れたりします。

そうすると「社長はこの部分ではあの人よりも私のことを上に評価してくれている」と自信が生まれるし、「誰にも負けたくない」という気持ちが生まれてより頑張れるのです。うちはパートさんも含めて25人くらいだから、2年ちょっとで全員1カ月間、1番にしてやれます。

森:経営って統計とか経営学とか数字ばかり考えているとギスギスしがちですが、中里社長のように心理的なアプローチを考えると楽しくなりますね。

中里:人事考課を効率だけで考えず、仕事と同様に「遊び心」のエッセンスをちりばめた非効率的な人材育成も大事にしたいんです。御社の社員は1000人ぐらいということですが、森社長はそのうちの何人の社員と話したことがありますか?

森:年間100人くらいでしょうか。本当はもっと皆と話をしたいのですが、800人くらいの社員は現場に出ずっぱりなので、残念ながら話す機会が持てません。全社員の顔と名前を覚えるのも難しいのが現状です。

中里:その状況で100人と話しているなら、かなり努力されていますよね。

だったら、履歴書などを見ながら、仕事と関係ない分野で「社内ギネス」とか「社員のプチ自慢リスト」を作ってみたらいかがですか?例えば英検とか漢字検定といった公の資格とか、運動が得意な人なら学生時代も含めた大会出場記録など、「仕事以外でこんなこともできるんだよ」という得意分野をまとめると楽しいですよ。

森:社員が1000人もいるから、バラエティに富んだプチ自慢が飛び出すでしょうね。相当楽しめそうです。真面目な履歴書より、「プチ自慢履歴書」を作ってパラパラ見ていると「へぇ、こんなことができるんだ」という発見があって、リフレッシュにもなるかもしれないですね(笑)

中里:「一番出張が多い社員」とか「バイクが趣味」など、社員の人たちがお互いに友達や同志を探せるようなリストを作るのもいいですよね。僕は将棋が趣味ですが、同じ趣味のお客さんと話していると「時間がある時にやりましょう」と盛り上がり、実際に会社に遊びに来てもらうこともあります。社員の顔と特技や特徴を知ると楽しくなりますし、僕は新入社員には「どの肩書きに憧れているか」なんてことも聞いています。少しでも社員と話す機会を作れば、社員は絶対に森社長のファンになりますよ。

森:「部下から好かれる上司」であることは大切ですね。御社では部下のほうから「あの上司の部下になりたい」という希望で配置を決めると聞きました。「嫌いな取引先は切ってもいい」というのと同様、社内の人間関係でも好き嫌いという感覚を大事にしているんですね。

中里:上司は自分のミニチュアの部下を作りたがるものです。でも、自分を持ち上げてくれていい気持ちにしてくれる部下を持ちたい、というのは間違っている。だから、うちの会社は上司と部下が「一緒に働きたい人」を投票し、できる限り、希望する人同士が一緒に働ける仕組みを作っています。

ただし単なる好き嫌いではなく「仕事上、尊敬できる人を選ぶ」のが基本で、「どうしても合わない人同士の組み合わせを避ける」目的もあります。もし希望が食い違ったら部下の意見が優先されます。僕が課長以上の管理職を決める時も同様に「好き嫌い」で決めます。僕のミニチュアの仕事しかできない社員に給料は払いたくないから、キャリアや実力とは関係なく、うちの会社でずっと頑張ってほしい人を管理職に指名するようにしています。

森:そうして育てた社員の中からいずれは後継者を選び、養成していくことになりますが、中里社長の経営を引き継ぐ「ミニチュア」ではなく、まったく違うタイプの後継者に時代を任せる可能性もあるわけですね。

中里:色々なパターンが考えられますが、僕よりバネを好きという人に3代目を譲りたいですね。
うちの社員が継ぎたいと言えばそれでもかまわないので、冗談半分本気半分で、「いつでも売れる会社を作っておくから」と社員には宣言しています。

現在1728社と取引があります(*)が、上場企業数十社とも取引があるから、その1〜2社にもう少し食い込めば、実はそれだけでも食べていけます。僕はあえてそれをしていませんが、現場が得意な人が会社を継いだら数社と深く取引する形でもいいと思うし、営業が得意な人が継いだら今以上に取引先を増やしてもいい。ただ、社員28人以下ということだけは譲れないので、それだけが後継者に課す絶対条件です(笑)。

*平成27年1月1日現在

夢を持って働ける環境づくりを 中里スプリング代表取締役社長 中里良一氏に訊く【後編】