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植松努●うえまつつとむ
1966年北海道芦別市生まれ。航空宇宙関連企業を経て1994年に父が経営する植松電機に入社。99年よりリサイクルマグネットの開発、販売を手がける。2004年、北海道大学大学院の永田春紀教授とともにロケット開発を開始。06年には株式会社カムイスペースワークスを設立し、本業の植松電機の事業と並行してロケットや人工衛星の研究開発を行っている。子どもたちの見学を積極的に受け入れており、人口1万人の町の町工場に年間1万人の小中学生たちが見学に訪れる。09年より「ARCプロジェクト」を始動。著書に『NASAより宇宙に近い工場』
interviewer
森 啓一●もり けいいち
株式会社フォーカスシステムズ 代表取締役社長。
監査法人、税理士事務所を経て、1998年にフォーカスシステムズに入社。常務取締役管理本部長兼経営企画室長を務め、11年より現職。
お客さまの相談に応じることで、安心感と信頼感が育まれる
森:前回、お父様は炭鉱の機械修理の会社を興したものの、廃鉱で仕事がなくなり自動車部品の修理に転じたと伺いました。
その後、植松さんはリサイクルマグネットの開発・製造・販売を始めたわけですが、新規事業だと軌道に乗るまでにご苦労も多かったのでは?
植松:2000年に会社を始めたころは売る努力をしていたし、本州のお客さんに販売したり債権を回収するのは大変なので、間に人を立てていました。
磁石の能力は限られているから、きちんと説明して売る必要がありますが、利ザヤ目当てで仲介業者がいくつか入るとそれも難しくなります。磁石には分厚い鉄しかくっつかないから、冷蔵庫や洗濯機は磁石ではくっつかないのに、説明不足のため勘違いして買ってしまう人が多くて。
森:映画では磁石に車がくっついて持ち上げられる場面が出てきますが…。
植松:あれは映画の世界で、実際には絶対にくっつかないんですよ(笑)。
だから、なんでもくっつくと思って買った人から「こんなもの、使えない」って苦情が来て、日本中でトラブルが続出してお客さんのところに出向いて土下座する羽目になりました。それで、仲介業者を使うのをやめました。また、壊れると無料で修理しているので、交通費や人件費で赤字が出てしまいます。そこで、壊れた製品を回収して原因を調べ、壊れにくくてお客さんが自分で修理できるものを作りました。わが社の製品はほぼ「永久保証」です。
森:永久とはすごいですね!でも、壊れないと買い替えの需要はなくなってしまいますね。それでは商売にならないのでは…。
植松:営業マンから「壊れないものを作ったら、必要な所にいきわたったら終わりだよ」と指摘されました。それなら、あまり売らないことにしよう、と考えました。
そうしたら値切られることもなくなり、利益率が確保されて逆に商売は安定したのです。次に納期を待てない人に売らない仕組みを作ったら、見込み生産や在庫を持つ必要もなくなり、さらに楽になりました。紆余曲折を経て、「なるべく売らない、なるべく作らない」という経営方針に行きついたのです。
森:ずいぶんユニークな経営方針ですね。あまり売らないのに売り上げや利益が上がるなんて、不思議な気がします。
植松:かかってくる電話の6割は断っています(笑)。
「マグネットがほしい」と言われたら、用途を詳しく聞いて「それなら、うちの商品を使わないほうがいい。あるお客さんはこういう商品を使っていたよ。紹介してあげるから見に行けば」とアドバイスすることも多いです。相手は困惑しますが、半年後に電話かかってきて「あのときはありがとう。おっしゃることがよく分かった。今度は本当に御社の商品を買いたい」と言われることもよくあります。
森:お客さんの相談に応じていると、いろいろなデータも蓄積されるし、それが武器になってさらにお客さんに具体的ないいアドバイスができる。「壊れない商品」という安心感だけではなく、そうした理念で販売しているから自然に信頼が育まれるわけですね。
「だったらこうしてみれば」と言い続けたら失敗を恐れない社員が育った
植松:最近は工作機械の性能が上がったので、図面データを送ればどこででも物が作れます。ロケットを作り始めたころ部品作りを断られた会社から、最近になって「引き受ける」と連絡がきました。理由を聞いたら「データを中国に送れば作ってくれるから」と言うんです。
でも、それじゃ、その会社はいずれ不要になりますよね(苦笑)。製造業は図面通りに物を作っていれば楽だし、言われたとおりに作っていればトラブルも起きません。でも、それだと安い仕事で終わってしまいます。自分たちで考え、責任を負って作る会社――それ以外は生き残れないと思います。
森:「考えて作る」という意味では、宇宙開発の仕事をすることで、本業のリサイクルマグネットの開発、製造販売にもいい影響があったのでは?
植松:ロケットは開発段階なので売り上げはゼロですが、ロケット開発を始めてから確実に会社の売り上げが伸びたし、社員の能力も桁違いに上がっています。
ロケット開発では、「これ、大丈夫かな」「ま、いいや」なんて仕事をしたら、爆発します。だから、「まずいな」と思った時に放置しない社員が増えました。それと、ドカーン!と爆発すると落ち込むのは当然ですが、へこんでいたら前に進まないから、壊れた理由や失敗した原因を考えて対策を考える癖がつきました。
森:素晴らしい成長ですね。そのおかげで、社員の能力が高まり、仕事の効率や完成度合が上がったわけですか?
植松:面白いことに、仕事の幅が広がりました。
畑違いの農業機械や医療機械の開発依頼が来ても、社員が引き受けちゃうんです。今、新しい分野の研究開発支援事業に取り組んでいますが、それも間違いなくロケット開発を手掛けているおかげですね。
森:全く違う分野の仕事を引き受けるということは、「できる」という自信があるからですね。でも、ロケットが何度も壊れたり爆発してもへこまずに原因を追究できる、その自信はどこから生まれるのでしょうか。
植松:ロケットがしょっちゅう壊れていた時、一番大事にしていた言葉は「だったら、こうしてみたら」です。失敗したからといって誰の責任なのかと追及する必要はありません。「なんで失敗したんだろう」「だったら、こうしてみたら」と考えてみる。
その2つだけで、問題は解決できます。失敗を恐れるどころか、むしろ失敗しそうな実験のときに「これ、爆発しそうですよ。
見に来てください」と呼びに来ます。原因と対策を考える習慣が身についているから、たとえば未経験の農業機械でも「こんな問題がある」と聞いたら「だったらこうしてみたら」と考え、試してみたくなるし、作ってみたくなって、結果として形になっていきます。
森:社員の意識や能力を高めるために、言葉がけなどで工夫している点はありますか?
植松:朝礼で、新聞やテレビで見たニュースを取り上げて、「自分だったらこうする」と話しています。
たとえばアクセルとブレーキ踏み間違えてコンビニに車が突っ込んで死者が出たニュースでは、「新しい車には踏み間違い防止機能を付けるとしても、古い車もたくさん走っているから、後付けで制御するキットを作った方がいいのでは?
何かがバンパーに触れたらエンジンの回転数が上がらないようにするだけでいいから、そんなに難しいことじゃないよね」と話しました。
森:それを後付けで販売できれば、日本だけでなく古い車を輸出している発展途上国でも役に立ちますね社会の問題をほったらかさずに原因と対策を考えるのが大事だと伝わるし、確かにそう考えると作ってみたくなります。
「だったらこうしてみたら」という思考を身に着けさせるためには日ごろからの声掛けが大事で、さらに宇宙開発が修練の場になって相乗効果で社員が育ち、仕事も増えたというわけですね。