コミュニケーションのバリアフリーを実現したい ユニバーサル・サウンドデザイン株式会社【後編】

先天性や病気によるものだけでなく、老化現象が原因の難聴も増えている今、注目されているのが聴こえを助けるスピーカータイプの補聴システム「comuoon(コミューン)」だ。従来の補聴器とは異なる「話し手が用意する」斬新な商品を世に送り出したのがユニバーサル・サウンドデザイン。代表を務める中石真一路さんは建設業界、IT業界、レコード会社と畑違いの業種を渡り歩いた百戦錬磨の仕事人だ。仕事を円滑に進め、自分に引き寄せるための仕事術や人心掌握術、ユニークな売り込み手法などについて詳しく話を伺った。

ユニバーサル・サウンドデザイン株式会社

耳につけない会話支援機器であるcomuoon(コミューン)を始め、聴こえを支援する機器やスピーカーなどを取り扱う。2012年4月に会社を設立し、2013年に実用化されたコミューンは、教育や医療現場、自治体などにクチコミで広がりつつある。グッドデザイン賞ベスト100、東京都ベンチャー技術大賞優秀賞、国際ユニヴァーサルデザイン協議会IAUDアウォード(医療福祉部門)2014など数多くの賞を獲得している。

やりたい事仕事に挑戦できる環境を作る

 専門学校で建築を学んだ中石さんのキャリアのスタートは建築現場の監督だった。しかし「これからはインターネットを知らないとダメだ」と考え、退職してIT系の専門学校で学び直す。その後携帯にQRコードを導入する開発などに携わり、何度目かの転職でレコード会社にたどり着いた。

 「デジタル系なのに“レコード会社で何がしたいんだ”と言われたこともあります。“私の作ったものでは人を泣かせていない。だから人を泣かせるサービスをレコード会社でやりたい”とお伝えしました。その方には在職時、大変かわいがっていただきました」。

 同時に、まずは自分の知識を生かし力を惜しまないことを意識して動いたという。テレビでの露出の時など、アーティストのサイトにアクセスが集中するとサーバーがダウンしてしまう。「今すぐ何とかしてくれ」との依頼に対してもスタッフとともに夜を徹して作業した。

 少しずつ信頼が得られるようになってからは、アイデアを形にすることも増えた。アーティストにとってもファンにとってもメリットがある仕掛けを思いついた時は、担当のディレクターやアーティストの担当に直接かけ合って実現にこぎつけたこともある。たとえばライブのセットリストもその一つ。「誰が何をどの順番で歌うのか、みんなやっぱり知りたいですよね? だからコンサートに行った時に、スマホやガラケーをセンサーにタッチするだけでセットリストを取れるようにしました。当日の急な変更もあるし、交渉もかなり大変なので、皆さんこういうシステムをつくりたがらないんですけど、あると嬉しいですしやはり便利ですからね」と中石さんは事もなげに笑う。


様々な会社を経験したことで、信頼を得るコミュニケーションに気づいたという

やりたいことを通すには、「嫌われない」が大事

 その時中石さんは、関係したスタッフの顔を立てることも怠らなかった。「もちろん元のアイデアは僕なのですが、僕だけが実現するために動いていたのではなく、アーティスト担当やディレクターにも賛同いただき、協力していただいた方への感謝をきちんと口にしていった。仕事は皆でやることが多いですから、やはりお世話になったら感謝ですからね」。

 こうして「少しずつ、信頼を重ねていった」おかげで、社内で「中石は何ができるのか?」を理解してもらえ、だんだんやりたい仕事ができるようになっていった。人脈も広がり、実力も認められて「面白いやつだ」という意識を持ってもらったところで、中石さんは新たな挑戦に踏み出した。それがスピーカーの開発であり、会話支援機器comuoonへとつながっていく。

 レコード会社の現場で中石さんが痛感したのは「仕事は人の好き嫌いで左右される」ということ。「一緒に仕事がしたいな」、「こいつの言うことなら、聞いてやるか」と思ってもらうためには、好かれること、変に嫌われないことが大事で、そのためには日ごろのコミュニケーションが物を言う。その気づきは、起業した今もいかされている。「人間は、自分が言ってほしいことを言葉にしてくれる人を好きになる。エンジニアならとことん突き詰めて作り込んだシステム、デザイナーなら“そこまでしなくていいのに”と感じる仕様などです。その人なりのこだわりに気づいて褒めてあげるべく、観察眼に磨きをかけました」。

 斬新な技術を駆使し、福祉機器らしからぬデザインのcomuoonはそうした社風の中で産声を上げた。


comuoonも、たくさんのこだわりが積み重なって生まれた

独自の戦略で自治体へ売り込む

 開発に長い年月を費やしてきたcomuoonだが、日の目を見る鍵となったのは人脈やクチコミだった。「研究段階の時に補聴器を研究している九州大学の白石先生と出会い、使ってもらったら“確かに聴こえやすい”と。その先生が九州大学病院の先生たちに紹介してくれて、耳鼻咽喉科の先生から“研究に協力したい”と申し出がありました」。医師の協力のもと研究開発を重ね、1年後に製品化が実現すると同時に、第115回日本耳鼻咽喉科学会・総会で発表されて確かな評価を得ることができた。

 信用度が上がって導入が増えると同時に、製品の製造を佐賀県で行うことになった。これをきっかけに佐賀県の創業支援の方とのつながりを通じ、自治体での導入が進むことになる。

 こうして病院や自治体の窓口、難聴児の施設や学校などでも導入が始まり、売り上げは順調に伸びている。「でも」と中石さんは胸の内を語る。「製造・販売そのものは事業として大切なことですが、いちばんの目的は現在の聞こえにくい社会の理解と、聞こえやすい社会への変化を作ることです。難聴の人に歩み寄って音のバリアフリーを実現するのも目標の1つ。また、壊れたら修理をせずに買い替えるという家電製品のありかた自体にも一石を投じたい。comuoonは壊れたら修理して長く使っていただき、新しい製品がほしい場合は弊社で買い取るシステムを導入し、正規中古品として新たな市場を作りたいですね。多品種少量生産でもコストを抑えて、さらに製品を手にとっていただけるようにしたい。comuoonは原材料含め、金やアルミなど地球から借りた有限で大切な素材で作っているものだから、大事に長く使ってほしいんです」。


多くの人の手に渡る未来も、すぐそこまで来ている

自社商品の具体的なリサイクルモデルの構築にも踏みだした中石さんは、目的に向かって着実に歩を進めている。
コミュニケーションのバリアフリーの実現は、そう遠くない将来のことかもしれない。