若手職人と手を携え、新しい価値観を創出 株式会社 和える【後編】

子どもの手になじみ、こぼしにくい形状に工夫された器やコップ、心地良い本藍染の産着など、伝統産業の職人が匠の技と想いをこめて作った乳幼児向けの逸品を扱っているのが「0から6歳の伝統ブランドaeru」だ。このブランドを立ち上げ、東京と京都に店舗を展開する矢島里佳さんに、商品へのこだわりや今後の展開について話を伺った。

株式会社 和える

 

2011年に、当時大学生だった矢島里佳さんがビジネスプランコンテスト「学生起業家選手権」優秀賞の賞金150万円を元手に設立した。日本の伝統産業の技術を用いた0〜6歳向け商品の企画・開発・販売を手がけている。愛媛県・砥部焼、石川県・山中漆器、徳島県・大谷焼、青森県・津軽焼など複数の産地で作られている「こぼしにくい器シリーズ」や、徳島県・本藍染の産着などが人気。東京直営店の「aeru meguro」やオンラインショップ、百貨店でも購入できるほか、2015年11月に京都直営店「aeru gojo」もオープンした。また、日本の伝統に関するイベントの企画・実施、ブランドの再構築や空間プロデュース事業なども行っている。矢島さんの著書に『和える-aeru-伝統産業を子どもにつなぐ25歳女性起業家』がある。第4回 日本政策投資銀行(DBJ)「女性新ビジネスプランコンペティション女性起業大賞」受賞。


矢島さんの著書 『和える-aeru- 伝統産業を子どもにつなぐ25歳女性起業家』

起業家コンテストで優勝し夢を叶える会社を設立

 大学時代ライターとして全国の伝統産業を取材して回った矢島さんは、「今の日本人は日本の文化や伝統に触れずに育っているから、そもそも日本の文化や伝統に目が向かないんだ」という“問題の根っこ”に思い至った。そこで矢島さんは「生まれたときから伝統産業品に触れられる環境を生み出すことができれば、もっと身近になるのではないか」と考え、赤ちゃん・子ども向け伝統産業品の会社への就職を希望した。矢島さんにとっての2つのキーワード「伝統産業品」「赤ちゃん・子ども」を“和える”仕事を探したのだ。

 しかし、矢島さんの想いが叶う会社は見つからなかった。普通なら諦めてしまいがちだが、子どものころからどうしても欲しいものは懸賞に応募するなど、自分で手に入れられる方法を常に考えていた矢島さんは、突破口を探った。

 大学生時代に「伝統産業の職人を訪ねて回りたいが資金がない。それなら、職人を取材する仕事を作ればいい」と企画書を書いて売り込み、企業会報誌の仕事を獲得した行動力はここでも生かされた。働きたい会社がないなら、作ればいい――伝統産業品への熱い想いを形にすべく起業プランを立て、起業家コンテストに参加した。

 審査員(出資者)が何を知りたいか、どんな書類やプレゼンが審査員の目に留まるかを考え抜き、3年にわたる現場取材に裏打ちされた起業プランは、コンテストでも高い評価を受けた。「キャンパスベンチャーグランプリ」(日刊工業新聞主催)で特別賞を受賞し、「学生起業家選手権」(財団法人東京都中小企業振興公社・東京都主催)でも優秀賞を手中に収めた。優秀賞賞金を資本金に充て、1年後の2011年3月16日に念願の「株式会社和える」を設立した。


赤ちゃん、子どもたちが日常的に伝統に触れられる製品。写真は『徳島県から 大谷焼の こぼしにくい器』

伝統産業品ならではの自然な風合いを大切にした商品づくり

 矢島さんは創業後、過去の取材経験で知り合った職人を中心に、子どものために本気で物作りしてくれる職人を探し歩いた。伝統産業を次世代に伝えるためにも、20〜40代の若手職人や、後継者を育てている職人とともに、打ち合わせを重ねて想いを形にしていったという。

 商品を考える過程で矢島さんが大事にしたのは、伝統産業品ならではの風合いや表情。たとえば「aeru」の「こぼしにくいコップ」は福岡県で作られた小石原焼という陶器だ。この商品の開発過程では、こんなエピソードも。「陶器は焼いたときや使っているうちに貫入(かんにゅう)というひび割れのような模様が入ります。ところが職人さんから“この作り方だと貫入が入っちゃうけど、大丈夫ですか?”と言われて驚きました。聞けば、ひびだと思って苦情をおっしゃる方もいるので、貫入が入らない商品を作ることも多いというのです。でも貫入は、自然の恵みをいただいて作るからこそできる味わいの一つなので、消してしまうのは不自然ですよね」と矢島さんは言う。

 現代では使う側のニーズに合わせた便利な商品が増え、大量生産・大量消費が続いている。「販売する側も買う側も、伝統産業品を知らないに世代になり、扱い方がよくわからない。なんとなく扱いが面倒なもの、と長い間、敬遠されてきたんですね。でも、貫入をご存じない若いお客様にも、ご説明をすると“そうだったんですね、初めて知りました!”と聞いてくださいます。これからも私たちは、お客様にきちんとご説明して伝え続けていきます」と矢島さんは爽やかな笑顔で言い切った。


「貫入」が味わいの、『福岡県から 小石原焼の こぼしにくいコップ』

原材料や道具の不足など伝統産業に取り巻く問題に取り組む

 創業当初から、東京と京都の2店舗展開を考えていた矢島さんは、2015年11月に念願の「aeru gojo」(京都・五条)をオープンさせた。「京都の人に地図を見せて“京都といえばどこでしょうか?”と尋ねて歩き、出店場所を検討しました。さらに100人以上の知人に“町屋を探している”と話して回り、2年半の後、やっと出会ったのがaeru gojoのある町家の大家さんでした。伝統産業を守り育ててきた歴史がある京都という町で、京都のみなさまにaeruを受け入れていただけるよう、まずはできることから地道に頑張りたいと思います」。と矢島さんは新たな挑戦に目を輝かせる。

 aeru gojoはテレビや雑誌で商品を知って訪れる人もいれば、通りすがりにふらりと立ち寄ってくれる人も多い。さらに、FacebookやツイッターなどのSNSでの広がりに加え、aeruの商品を贈られた人が気に入って贈る側に転じるケースも多い。「地道にやってきたことが連鎖を生んでいる」と感慨深げに話す矢島さん。大学時代からの活動の積み重ねで生まれた取り組みが着実に広がり、浸透しているという確かな手ごたえを感じている。

 今後は、ホテルの部屋を伝統産業品でしつらえる「aeru room」のプロデュース、個人・法人向けのお誂え(オーダーメイド)品の企画「aeru oatsurae」など、新規事業も増えていく予定だ。「次世代に日本の伝統を伝えるのが“和える”のテーマ。ゆっくり大切に育てていきたい」と話す一方で、焦りも隠せない。

 伝統産業は、実は海外からの輸入に頼っている原材料も多く、原材料が手に入らなくなるという問題もはらんでいる。伝統産業品を仕上げる職人はもとより、職人が使う道具を作る道具職人の減少にも歯止めがかからない。「たとえば“東京都から 江戸更紗の おでかけ前掛け”という商品の型染に使う丸刷毛の職人は、あと2人しか残っていないと聞きます」と矢島さんは危機感を募らせている。


矢島さんの瞳には、強い意思がこもる

伝統産業を次世代につなぐ歩みは、まだ始まったばかりだ。
「失敗しても、諦めずに続けていれば最後は成功する」という信条を胸に、矢島さんはゆっくり、着実に信じる道を進んでいく。