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中里 良一●なかざと りょういち
1952年群馬県高崎市生まれ。大学卒業後、商社勤務を経て父が経営する中里スプリングに入社。47都道府県全てに合計1750社の取引先を持つ優良企業。「日本一楽しい町工場」をコンセプトに据えたユニークな経営で注目を集め、テレビや新聞、雑誌で取り上げられ、企業や就職活動中の学生などを対象に「やる気を引き出す経営/人材育成戦略」「ものづくりへの思い」「中小企業生き残りの発想法」などさまざまなテーマで講演会もこなす。著書に『嫌な取引先は切ってよい』『不況に負けない「すごい会社」』
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森 啓一●もり けいいち
株式会社フォーカスシステムズ 代表取締役社長。
監査法人、税理士事務所を経て、1998年にフォーカスシステムズに入社。常務取締役管理本部長兼経営企画室長を務め、11年より現職。
「夢」こそアイデアの原点
森:前編・中編では「日本一楽しい会社を目指す」「好き嫌いで取引先や上司・管理職を決める」「あえて0点の社員を採用する」など独特の経営方針や人事について伺ってきました。そうしたアイデアはどこから生まれるのでしょうか?
中里:たとえばわが社で長く続いている「夢会議」は、30年以上前に生まれました。社員に「どんな夢を持って仕事をしてるの?」と聞いたら「考えたことがない」と言われたのがきっかけです。
数人に同じ質問を投げたところ、誰も答えられないんです。ショックでした。会社が小さいのは仕方ないけれど、気持ちが貧しいのは大嫌いなので「一緒に夢を考えよう」と皆で車座になって夢を語る場を設けました。
それ以来、夢、つまり目標を決めて実現させよう! という思いから、毎月、夢を語り合う会議を続けています。
ふとした思い付きをどんどん形にしているので、いいものが今も残って続いている感じです。
森:「夢会議」も御社らしい企画ですね。ただ、夢ってずっと同じではないですよね。その時その時で変わることもあると思いますが、皆で語り合うことに意味があるのでしょうか。
中里:社員には入社すると最初に「夢年表」を書かせます。
たとえば18歳で入社した子なら「21歳の時は」「28歳の時は」と具体的な夢を書かせて、それを実現するために「今月何をしたらいいか」行動に落とし込むのが狙いです。
区切りのいい40歳、50歳の時の夢は思いつきで言えますが、38歳での夢を叶えるために37歳でどうなっていればいいかという具体的な話ができる人は少ない。それだと夢は達成できません。
車が好きな子なら夢年表に具体的な目標を書かせて、「いつ買うか」「そのために毎月いくら車貯金するか」と逆算させ、今の給料で足りないなら貯金を増やすためにどういう技術を身につけて給料を上げるか…と、話しながら働き方まで考えさせます。
森:具体的な行動にまで落としこんで、夢の実現を応援しているわけですね。御社の経営方針を伺っていると、社員全員がファミリーで、会社という名前の大家族のように感じます。
中里:男子社員は僕の決めた年数以内に土地を買って家を建てないとクビです。町工場に勤めるということは「名」を捨てているわけで、その代わりに「実」を取ってほしい。
だから、町工場にいて家1軒持てなかったら負け犬だと思っています。大手企業と同等は無理でも、それに近い給料や生活レベルを維持してやりたいんです。
気持ちの豊かさをトッピングする
森:給料は振り込みでなく、現金で渡すと聞きました。いまどき現金での支給というのは非常に珍しいですよね。
中里:既婚男性社員には「家に帰ったら給料袋は片手で差し出して、奥さんには両手で受け取ってもらえ」「給料日の夕食はビールやお酒を1本、飲まない人ならおかず1品でいいから増やしてもらえ」と話しています。
そうやって父親が頑張っている姿、尊敬されている姿を子どもにも見せるべきです。給料日にお母さんがみんなに優しくなったのを見れば、子供も「お父さんってすごいんだ」と思ってくれるから、それは徹底させています。
森:「お父さんは片手、お母さんは両手で」っていいですねぇ。わが社は当然のように銀行振込ですが、中里社長のそういう着眼点や発想はすごいと思うし、そういった姿勢や気持ちの持ち方は見習いたいですね。
中里:単純に、僕がしてもらったら嬉しいと思うことをやっているだけなんですよ。
給料に関して言えば、社員には「子供が高校生になったらお父さんお母さんの給料を教えろ」と言っています。子供にとっては一番最初に働こうと思った時の目標となるお給料がお父さんお母さんのお給料だから、金額を聞けば「40歳までにお父さんのお給料を超えよう」と具体的な目標ができます。
森:社員やその家族がプライドを保てたり家族の働きを意識する工夫やアドバイスがたくさん用意されていますね。
中里:うちの会社は物作りの会社だから、新規営業は社長である僕しかやりません。
営業という仕事はプライドが傷つく場面が多いから僕が一手に引き受け、社員には気持ちよく物作りに専念してもらっています。また、僕が営業をすれば値段や納期の交渉を会社に持ち帰ることなく、その場で即断即決でき、スピードアップを図れるメリットもあります。
森:独特の経営手法は感情論だけでなく合理的な理由も備えているわけですね。中里社長が大黒柱で、社員という家族を守る姿勢が伝わってきます。会社という枠組みはもちろんですが、「地域の企業」という枠も意識されていますか?
中里:うちは障害者や養護学校の卒業生も採用しています。その子がうちに働きに来ている間は家族が全員働きに出られて楽になる。それぞれの街でしか働けない人を守り、雇用の受け皿になるのが町工場の心意気ですよね。みんなが5%ずつ優しくなってくれれば彼らのお給料ぐらい払えるから、僕は補助金や助成金の類は一切申請していませんが、彼らには普通のお給料を払っています。
森:中里社長の言葉や行動は一貫していて、非常に腑に落ちますね。すべてに「遊び心」が感じられるというか、遊びや余裕があって、愛情をかけている気がします。
中里:手抜きという意味の遊びはダメですが、遊びに愛情をかけることは大事です。
それを経営者が率先してやらないと社員が近視眼的になってしまう。うちのような小さな会社はお給料だけで社員を幸せにしてやるのは現実には難しいから、給料に気持ちの豊かさをトッピングして勝たせてあげたいんです。
「好きな上司を選んでいい」というのもそうだし、「嫌いな取引先を切る」または「社内の設備や材料を使って好きな物を作れる」というご褒美をあげるのも楽しい遊び心の1つです。
森:中里社長は社員に対して基本的に加点主義ですが、経営者として厳しい面もお持ちだと思います。これだけはやってはいけない、という禁止事項はありますか?
中里:言ったら許さない言葉というのがいくつかあって、それは入社のときに社員に伝えています。
たとえばお客さんに「忙しい」という言葉を使ったらクビです。「忙」という字は心を亡くすと書くから、「心のない社員はいらない」というのが僕の持論です。それに「よそのお客さんの仕事をしているからお宅の仕事は後ですよ」っていう意味だから非常に失礼ですよね。「自分たちの段取りが悪くて納期が遅れます」という言い方ならOKです。
森:なるほど、社員を温かく見守る目と、厳しく育てる視点がバランスよく混在していますよね。最後に中里社長の今後の抱負や目標を教えてください。
中里:「全国47都道府県にお客さんを持つ」という夢が3年前に叶ったので、今は全国の特別区市810の全部にお客さんを開拓するのが目標です。今406まで到達したので、あと半分ですね。
ほとんどの人が夢というと無難な目標を語りがちですが、僕は35年後の創業100周年のときまでに、自分ができなければ3代目に引き継いでもらって、この目標が達成できたら幸せだと思っています。
森:壮大な長期展望の夢ですね。私も会社の中長期の大きな夢や、個人のライフワークなどの夢、目標を掲げて実現に向けて今まで以上に努力していきたいとあらためて感じました。
今日はありがとうございました。