「物語がブランドを作る」 人とホスピタリティ研究所所長 高野登氏に訊く【後編】

guest
高野 登●たかの のぼる
1974年渡米。NYホテルキタノ、NYスタットラーヒルトン、NYプラザホテルなどでの勤務を経て1990年にザ・リッツ・カールトン・サンフランシスコの開業に携わる。92年に日本支社開設のため一時帰国。94年、日本支社長として転勤。09年に退社後「人とホスピタリティ研究所」を設立。
『リッツ・カールトンで育まれた ホスピタリティノート』『リッツ・カ-ルトン たった一言からはじまる「信頼」の物語』など著書多数。

 

interviewer
森 啓一●もり けいいち
株式会社フォーカスシステムズ 代表取締役社長。
監査法人、税理士事務所を経て、1998年にフォーカスシステムズに入社。常務取締役管理本部長兼経営企画室長を務め、11年より現職。

「プールで落としたコンタクトレンズを探してほしい」

森:自分たちのパフォーマンスが相手に伝わり、「ありがとう」と言われればうれしい。ですが、当然クレームやトラブルもあると思います。そうした局面で心がけていたことはありますか?

高野:リッツ・カールトンでは、語り継がれるような「お客様との物語」が日々世界中で生み出されています。

しかし、うまくいかなかったり、思いが伝わらなかったりすることもたくさんあります。ホテルマンの感性や人間力は失敗によって磨かれています。筋肉と一緒でトレーニングが必要なのです。とはいえお客様にご迷惑をかけることもあるので、そのためにリーダーがいます。

私はリーダーの役割の70%は頭を下げることだと思います。頭を下げると言っても「申し訳ありません」ではなく、「スタッフを成長させてくださってありがとうございます」と感謝するためです。

謝罪してばかりだとお客様は離れていきますが、感謝し続けると応援してくださるようになります。

森:リッツ・カールトンには「あの飛行機、欲しいんだけど」というエピソード*があるそうですね。その要望に対するリッツ・カールトンの答えは「かしこまりました」しかない、と。この、いかにもスタッフが鍛えられそうなエピソードに代表されるように、もともとお客様の期待値は相当高いわけですよね。

高野:はい。期待以上を実現する中で、自分たちのレベルも上げていく。すべてをオポチュニティ(機会)としてとらえることで、仕事の幅や信頼が広がっていきます。他と同じことをやっていても、何も変わりません。誰もがやっている仕事を、誰もできないレベルでしたときに、リッツ・カールトンらしさが出てくるのです。

森:なるほど。

高野:ある時、お客様から「プールで落としたコンタクトレンズを探してほしい」と言われました。

普通なら「それは無理だ」と考えますね。でも探し出したのです。皆で毎日明け方まで、5日間かけて。お客様のために必ず見つけると決めていたからです。

数年後、企業セミナーに行ってその話をしましたら、ある男性が声をかけてきて「あの時レンズを見つけていただいたのは私です」とおっしゃるのです。そして「あまりにすばらしくて、レンズはお守りとして持ち歩いています。もう他のホテルには泊まれません。社内外の研修でも、いつもこの話をしています」と…。

森:新しい物語が誕生したのですね。こうして次々に物語が生まれ、お客様が発信してくださる。その積み重ねがブランドをつくっていくのですね。

*高野氏がリッツ・カールトンに在職中、あるお客様が窓の外を飛んでいた飛行機を見て「あの飛行機が買いたいんだけど、なんとかしてよ」とスタッフに言ったエピソード。富裕層のお客様だったため購入資金はあったものの、飛行機そのものには詳しくなかったためスタッフに相談したそうです。詳しくは『リッツ・カールトン 至高のホスピタリティ』(角川書店)で紹介されています。

「あの」がつく一人ひとりが、ブランドをかたちづくる

高野:リッツ・カールトンでは、企業としてのブランディングと、一人ひとりがブランドになるという戦略を重ね合わせてブランドをつくってきました。ブランドとは人にお金と時間とエネルギーを使わせる力です。モノが売れないのは、「あなた」からモノを買う理由がないからです。リッツ・カールトンでは、一人ひとりが人間力を発揮し、「あの…」のつく人になろうと言っていました。

森:「あの」物語の「あの」人がいるから、「あの」ホテルだから。そう言われるようになると、お客様は探してでも来てくれますね。

高野:そして物語はイメージしやすいので、お客様だけでなく、リッツ・カールトンの一人ひとりをより深く結びつけてくれます。
物語を共有することで、世界中に散らばっている3万人以上が同じ目的で繋がっているひとつのチームだと実感できるのです。

森:当社でも常時200〜300のプロジェクトが動いており、お客様との間にさまざまな物語が生まれているはずです。
その一つひとつを語れるようなものにしたいですし、お客様と、そして社内で共有することで、信頼されるブランドをつくっていきたいですね。

今日はありがとうございました。