「クラウン(道化師)と似顔絵師」という珍しい取り合わせのプロたちを育て、エージェント事業を展開する会社がある。愛知県名古屋市を拠点に全国で活動するプレジャー企画だ。結婚式やイベントなどで参加者を楽しませ、笑顔になってもらうために、所属アーティストは研鑽の日々を送っている。グラフィックデザイナーから司会業転身という異色のキャリアを持つ菱田さつきさんは、プレジャー企画を長きにわたって支え、社長就任4年目を迎えた。プレジャー企画のユニークな活動内容や、個性派揃いの人材ゆえの育成の苦労などについて菱田さんに話を伺った。
個性豊かなクラウン(道化師)と似顔絵師を育成し、全国のテーマパークや商業施設、結婚式場、ホテル、学校などに派遣。イベントやステージを演出して喜びのきっかけを作るプロ集団。講演会や研修、司会、ワークショップ講師などエンターテイメントや人材育成、教育などに関する事業も幅広く手掛ける。クラウンの世界大会で優勝、入賞歴のあるクラウンも多く、似顔絵師は広告媒体、新聞や雑誌、テレビなどでも活動している。
喋りの技術で社交的な自分を演出
日本ではクラウンという言葉自体なじみが薄いが、クラウンとはサーカスに登場する道化師役のこと。現在、会長を務める大棟耕介さんが鉄道会社勤務時代に趣味でクラウンの技術を身につけた後、チームを作って活動を始めたのがプレジャー企画の前身だ。
現在社長を務めるのは、司会業の菱田さつきさん。大棟さんが有限会社プレジャー企画を立ち上げて3年後、イベントで知り合った菱田さんと意気投合したのを機に菱田さんも同社に籍を置くことになった。
菱田さんは子どもの頃から絵を描くのが好きで、広告デザイン会社で10年間、グラフィックデザイナーや営業として働いた。同じ職種での転職を考えて転職情報誌をパラパラめくっていたとき、目に飛び込んできたのが「婚礼司会者募集」のキャッチコピー。「司会をやりたいと思っていたわけではないし、そもそも人とコミュニケーションを取るのは苦手なほう。なのに、なぜか“これだ!”と思ってしまったんです」と菱田さんは当時を振り返る。
素人だったためオーディションでは不合格となったが、「レッスンを受けて、半年やってもモノにならなかったら辞めよう」と決意。持ち前の頑張りで喋りの技術を身につけた菱田さんには、レッスン開始5か月ごろから仕事が舞い込むようになった。
プロの司会者だけあって表情豊かで滑舌もよく、スラスラと言葉を紡ぐ菱田さん。しかし「基本的には引っ込み思案」と自身を評する。「私は人見知りだけど、喋りの技術を身につけることで武器を手に入れたようなもの。技術を使うことで、明るく社交的な自分を演出できるようになったんです」。
技術をまとうことで違う自分を演出し、人を笑顔にすることができる。それがまさにプレジャー企画の提供するパフォーマンスだ。
菱田さんのお話は、取材スタッフの笑顔も引き出す
描く行為や時間までパフォーマンスに
クラウンと似顔絵師、という一見奇妙な取り合わせは、最初から意図したものではない。
「これをやったら楽しいんじゃない?」という柔軟な発想で試行錯誤して今の形にたどり着いた。たとえば「披露宴へのクラウン派遣」に先鞭をつけたのはプレジャー企画だ。「披露宴にクラウンが来たらなんだか楽しそうじゃない?」という緩やかな着想を即、実行に移し、知人の紹介で結婚式場にアプローチ。クラウンを派遣したら予想以上に好評で、そこからビジネスとして根付いていった。
似顔絵の仕事も同じだ。大棟さんが知り合った似顔絵師を同社に誘い、似顔絵師チーム「お絵かき隊」を作った。「似顔絵師」は単なる絵描きではない。たとえば「披露宴で開宴からお開きまでの数時間の間に、参加者全員の似顔絵を描く」のはプレジャー企画発の人気パフォーマンスの1つ。似顔絵師が会場を回って1人ずつ声をかけ、その人の顔を見て会話しながらサラサラと似顔絵を仕上げて手渡してあげる。
「1人あたりにかける時間は数分程度。お客さまが“次は私の番かな”とワクワクしながら待ち、似顔絵師とちょっとした話をすることで気持ちがほぐれ、さらに“こんな短時間で似顔絵が描けるの!?”と驚いてくれる。そして画一の景品ではなく自分のためだけに描いてくれた似顔絵をプレゼントされることで“嬉しい!”と笑顔になってもらえる。つまり、絵そのものというより、似顔絵師の存在や描くこと全体がお客さまに楽しんでいただくためのパフォーマンスなんです」。
下を向いてしまう子どもでも、すぐさま顔の特徴を掴む
基礎技術は3〜4ヶ月の養成講座で身につく
クラウンや似顔絵師を志望してプレジャー企画の門を叩くアーティストの卵たちだが、そのほとんどが未経験者。理系大学出身者もいれば、「今までOLをやってました」という女性もいるという。同社ではいかにしてそんな人たちを一人前に育てているのだろうか。
「クラウンや似顔絵師を希望する人には、まず養成講座を受講してもらいます。クラウンは年に1度の開講、似顔絵師は年2回講座が開かれ、それぞれ3〜4か月かけて技術を教えます」と菱田さんは話す。
似顔絵師は輪郭の取り方、パーツの配置、色の付け方などを学び、クラウンはメイクやジャグリングなどの技、バルーンアートの作り方まで技術や作法を学ぶことができる。養成講座にはカルチャースクール感覚で習いに来る人もいるので、講座終了後にこの道に進みたいかを聞き、希望者は面接を経て採用に至る。
そこからはさらにプロとしての技術を磨くが、プレジャー企画は技術一辺倒の会社ではない。一社会人として恥ずかしくないだけのビジネス上の作法や人間性も育ててから、現場に送り出している。その点でも同社は一般的な芸能事務所やエージェントとは一線を画し、唯一無二の企業として業界を牽引しているのだ。
講座が終わったら、やっとスタートラインに立てた段階
後編では、一流のアーティスト育成の舞台裏、菱田さんの経営哲学などを伺っていきます。